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2021年03月05日

注射が大嫌いだった。


幼稚園の頃は,予防注射のたびに逃げたり廊下で踏ん張って部屋に入ろうとしなかったり,挙句の果ての大泣きである。そんな記憶がかすかに残っている。

さすがに長じてからそんなことはないが,予防注射の時も採血の時も,顔を90度背けて決して見ない。昨年の人間ドックの折には,採血の際,ベテランの看護師さんに「大丈夫ですよ」と笑われてしまった。

そんな私にとって,テレビで見る新型コロナワクチン接種は,恐怖以外の何物でもなかった。

あんな長い針を,上腕に垂直に深く深く刺すのだ。痛いに違いない。骨に当たるんじゃないか,腕を突き抜けてしまうんじゃないかと,生きた心地がしなかった。

そんなことにドキドキしていたら,あれは筋肉注射で,欧米では一般的な注射である,日本では皮膚に浅く刺す皮下注射が主だがとお医者様が解説をしている場面に出会った。

…別な不安が生まれた。欧米では一般的?

ならば,日本の看護師さんは筋肉注射に慣れていないんじゃないのか。下手なんじゃないのか。ワクチンの安全性よりも,私にとっては,そっちの方が大問題だった。

 

そんなことを考えていたある日,姪が遊びに来ることになった。高齢の祖母を心配してなかなか訪れる機会がなく,本当に久しぶりのことであった。

姪の連れ合いは看護師さんである。ひとしきり近況報告をしたあと,私は彼に聞いてみた。

筋肉注射が不安であること,日本の看護師さんは筋肉注射,大丈夫なのかと。

大爆笑であった。

 

彼は,笑いをこらえながら丁寧に説明してくれた。

筋肉注射は,日本でも様々な場面でふつうに行われていること。よって,日本の看護師も十分に慣れているということ。注射をするときは,ただ針を刺しているわけではなく,筋や血管を避け最適な位置を選んでいること。学生時代,初めて生身の人間に注射をした時は本当に緊張したとのことだが,しっかりと訓練を積んでいるので何の心配もいらないと力強く話してくれた。

 

初めて知った。

注射のたびにお医者さんも看護師さんもその注射にとって最適な位置を慎重に選んでくれていたのだ。注射1本するにも,様々な心遣いがあったのだ。多分,どんな仕事もこんなふうにできているのであろう。(編集の仕事もまた然りだ。)

わたしは,みんなの不安を解消するために,このことを広く知らせるべきだと頑張ったが,彼にとっては言うまでもない当たり前なことで「必要ないと思いますよ」と更に笑われてしまった。
ええーっ!

 

わたしの不安は解消できた。順番がきたら,怖がらないでワクチン接種に臨もう。

ワクチンが効力を発揮し,来年度は,人と人とが直に親しく向き合えるような,そんな毎日が戻ってくるとよいと心から思う。

 

 

(懸命にお仕事に励んでいらっしゃる看護師の皆様,失礼なことを言って申し訳ありませんでした。)




(17:10)

2020年09月03日

私は,商店街の生まれだ。子どものころ,街は大変活気があり,商店街の役員をしていた父は,しょっちゅう会合に出ていて夜はたいてい留守だったようだ。もう覚えていないが,「うちは母子家庭みたいだ。」と小学生の私がよく言っていたと母がたまに言う。商店街は,お祭りなど様々な行事を盛り上げ,通りの街灯を新調したり,車社会に対応しようと広い駐車場を作ったり,とにかく活気があった。朝夕,家の前を大勢の通勤通学の人が通り,買い物をする人が通り,お祭りや売り出しには周辺から多くの人々が訪れた。

 そんな街も次第に活気を失い,今の市長さんが都会から帰ってきたときは,お母様に昼間は猫しか歩いていない,と言われたと新聞にあった。実際,人が減って1軒,2軒とお店がしまい,街はどんどん寂しくなっていったけれど,商店街の人や町の人たちは頑張っていたと思う。規模を縮小してもお祭りを盛り上げ,機会を見つけては活気を呼び戻そうとしていたと思う。

 そこにこのコロナ禍である。

 商店街で生まれ,商店街が大好きな私は,いつかコロナ禍が落ち着いたとき,街がなくなっていたらと思うと何とも言いようのない気持ちになり,今さらではあるけれど,できるだけ通販などに頼らず街のお店を使おうと努めている。(たぶん焼け石に水だけど。)けれどもこの状態が思いのほか長引き,新しい秩序ができ上り,買い物は通販しか知らない世代がほとんどの時代が来るかもしれない。

 学校はどうだろう。日本の教育は,先生と子どもたち,また,子ども同士が直接に触れあうことを前提とした対面教育をベースにしてきたというが,コロナ禍で休校もやむを得ない状況の中,改めて「GIGAスクール構想」の実施が急がれているようだ。しかし,報道などを見ると,効果を確信しているというより,まずは環境を整え,走りながら考えるという感じがする。

 いずれにしても,コロナというこの厄災は,長い間かかって人々が築いてきたものの形を変える大きなきっかけなのかもしれない。私たちの仕事も然り。何もわからない。ただ,臨機応変に対応していくしかない。何ができるか。これからである。


(20:33)

2020年01月10日

新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

  『凪のお暇』を発端にした文章の後,「長のお暇」になってしまいました。いつもブログを書きながら,読んでくださっている方がいるんだろうか,と思っていましたが,「近頃ブログはどうしたの」と言ってくださる方が何人かいて,ちょっとうれしい気持ちになりました。

 休止したわけではなかったのですが,ブログのお引越しがあり,新しい方法が億劫で何となく更新できずにおりました。年が明けたらと思っていましたが,習慣とは恐ろしいもので,順調に更新していた時は書けたものが,少し間を開けた途端,何を書いたらいいんだろう状態になってしまい,今頃の新年のご挨拶になりました。

 長々と「長のお暇」の言い訳をしましたが,そうこうしているうちに,信教出版は,令和2年度の小学校新教材の仕上げの時期を迎え,今まさに佳境という状態であります。この時期にどんな風に仕事に取り組むかが,仕上げを左右するといってもよいと思います。今回は,この忙しさを予想してスタッフ全員,インフルエンザの予防注射をしたせいか風邪をひく者もおらず,それぞれ真摯に仕事に取り組んでいます。

 長く使っていただいている,長野県のスタンダードとも言える教材の改訂版,そして,学校現場のご意見・ご要望から企画立案した新教材。ここを乗り切って,早く先生方,児童の皆様にお届けしたいとわくわくしています。

 この間,長野県は,台風19号による大きな被害を受け,学校も,先生方や児童生徒の皆さんの中にも,そしてスタッフの中にも被災した人たちがいます。信教出版も,信教出版の販社であるしんきょうネットも,学びの場が少しでもスムーズに動くようにそれぞれできる限りのことをさせていただいておりますが,以前の日常に戻るには,まだまだ時間がかかることと思います。

 少子化の問題,デジタル化への対応,はたまた地球温暖化などなど,枚挙にいとまがないような問題をはらんだ一年の幕開けではありますが,自分でしっかり考えることができる子どもたちが希望ではないかと思います。大げさですが,そんな教育の一端を担っているという自覚をもって,今年も前進してゆきたいと思います。



(17:35)

2019年06月14日

信教出版は,6月10日が創立記念日である。
昭和22年の会社設立から今年で72年が経った。今や会社より年を取った者は一人もいない。
 
今年の創立記念日は,祝賀会の前段に「本音で我社の将来を考えあう会」と題して,
それぞれが自身の考えを付せんに記し,用意した紙に貼り付けていくという時間を設けた。
当初,意見は出るのだろうか,盛り上がるのだろうかと,かなり心配であったが
そんなことはなかった。よいことも悪いことも,多くの付せんが貼られたのだ。
 
付せんの内容をいちいち記すことはできないが,
一つ大きく感じたことは,皆が将来にそこはかとない不安を感じているということ。
右肩上がりの時代はとうに昔のこととなり,
バブルを知らないスタッフがほとんどだ。(信教出版にバブルはなかったが。)
わたしたちが作る教科書,学習書を使ってくれる子どもたちは,毎年2%ずつ減っていく。
幸運なことに今日の仕事がないわけではない。
それでも不透明な時代の中でその先を考えている,それはよいことだ。
まずは,問題を認識するからこそ,つぎが始まるのだから。
 
もう一つ感じたこと,
それはコミュニケーションの欠如からではないかという付せんが多いということ。
なんだかみんなが気を使いあって,もしくは面倒が嫌で,もう一歩を踏み出せずにいるという感じ。
基本,人と人は会って話をしなくてはいけないと思う。
仕事はさまざまな人といっしょに取り組んでいかなければならない。
気の合う人も,気の合わない人もいるだろう。機嫌のいい時も悪い時もある。
でも,一人ではない,これが会社にいるメリットであると思う。
ちゃんと取り組んでいれば,だれかが手を差し伸べてくれる。
すくなくとも,信教出版はそういう会社だ。(と思っている。)
 
短い時間ではあったが,有意義な時間であった。その後の祝賀会も大いに盛り上がった。
 
70歳まで働け! という時代がきそうである。
ならば,公私のバランスを取り,納得できる働き方をしていこう。
 
こうなったら100周年という声,(生きていたら呼んでね)と心の中で思った。


(19:36)

2019年02月14日

週末,毎年恒例の松任谷由実Surf & Snow in Naebaに出かけたときのこと。
会場のホテルで予想外の事態が生じた。
そんなこと知らなかったと言ってみたところで,どうしようもないとあきらめかけたが,
とにかくホテルに相談してみようと思い,絶対,無理と思いながら
フロントに立つ若い女性に声をかけた。

「無理だとは思うのですが,でもね…。」と話す私に対して,彼女はあくまでも穏やかに話を聞き,
「少々お待ちください。」と衝立の向こうに消えていった。
無理だよなあ,これじゃ私はクレイマーじゃないかと思いながらしばらく待っていると,
落ち着いた表情で戻ってきた彼女は,申し訳なさそうに
「お客様,ご不便をおかけして申し訳ございません。
今回はこのように対応させていただきたいと思いますがいかがでしょうか。」という。
なるほど,そういう手があったかと,目からうろこの提案だった。

その後,それを実行するために彼女は走り回ってくれて,わたしの要望は,100%叶えられたのだ。
もう,うれしくてうれしくてお礼の最後に「マスカレードホテルみたいですね。」というと,
彼女は,パッと顔を輝かせて「ありがとうございます。」と丁年にお辞儀をしてくれた。

すなおに,プロっていうのはすごいと思った。思いもかけない知恵をもっている。
さて,私は,どうだろう。
きのうも,本を作りたいというお客様が来てくださった。
私は,お話を伺い,それをきちんと理解し,納得していただける提案ができただろうか。
状況は,その都度違う。しっかり考え,もっとも喜んでいただける方法を探さなければならない。
教材だってそうだ。児童・生徒数の減少,夏休みの期間の変化,ICTへの対応,等々。
改訂期でなくとも状況は変化していく。やはり,しっかり考え,最適な対応を探さなければならない。
本を作るプロとして,教材を作るプロとして,仕事に慣れても考えることを省略してはいけない。
さすがだと思ってもらえる提案のできる集団でありたい。


「マスカレードホテル」は,今,上映中の映画の題名であり,舞台である。
東野圭吾の推理小説が原作だが,お客様の快適なホテルライフを第一に考え,
様々な無理難題に誠意をもって対応するホテルマンがすばらしかった。

ただ,様々なお客様とのエピソードに気を取られ,肝心の事件のことよりそれが心に残ってしまった。
…これは,どうなんだろう…。

(19:48)