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2020年01月10日

新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

  『凪のお暇』を発端にした文章の後,「長のお暇」になってしまいました。いつもブログを書きながら,読んでくださっている方がいるんだろうか,と思っていましたが,「近頃ブログはどうしたの」と言ってくださる方が何人かいて,ちょっとうれしい気持ちになりました。

 休止したわけではなかったのですが,ブログのお引越しがあり,新しい方法が億劫で何となく更新できずにおりました。年が明けたらと思っていましたが,習慣とは恐ろしいもので,順調に更新していた時は書けたものが,少し間を開けた途端,何を書いたらいいんだろう状態になってしまい,今頃の新年のご挨拶になりました。

 長々と「長のお暇」の言い訳をしましたが,そうこうしているうちに,信教出版は,令和2年度の小学校新教材の仕上げの時期を迎え,今まさに佳境という状態であります。この時期にどんな風に仕事に取り組むかが,仕上げを左右するといってもよいと思います。今回は,この忙しさを予想してスタッフ全員,インフルエンザの予防注射をしたせいか風邪をひく者もおらず,それぞれ真摯に仕事に取り組んでいます。

 長く使っていただいている,長野県のスタンダードとも言える教材の改訂版,そして,学校現場のご意見・ご要望から企画立案した新教材。ここを乗り切って,早く先生方,児童の皆様にお届けしたいとわくわくしています。

 この間,長野県は,台風19号による大きな被害を受け,学校も,先生方や児童生徒の皆さんの中にも,そしてスタッフの中にも被災した人たちがいます。信教出版も,信教出版の販社であるしんきょうネットも,学びの場が少しでもスムーズに動くようにそれぞれできる限りのことをさせていただいておりますが,以前の日常に戻るには,まだまだ時間がかかることと思います。

 少子化の問題,デジタル化への対応,はたまた地球温暖化などなど,枚挙にいとまがないような問題をはらんだ一年の幕開けではありますが,自分でしっかり考えることができる子どもたちが希望ではないかと思います。大げさですが,そんな教育の一端を担っているという自覚をもって,今年も前進してゆきたいと思います。



(17:35)

2019年06月14日

信教出版は,6月10日が創立記念日である。
昭和22年の会社設立から今年で72年が経った。今や会社より年を取った者は一人もいない。
 
今年の創立記念日は,祝賀会の前段に「本音で我社の将来を考えあう会」と題して,
それぞれが自身の考えを付せんに記し,用意した紙に貼り付けていくという時間を設けた。
当初,意見は出るのだろうか,盛り上がるのだろうかと,かなり心配であったが
そんなことはなかった。よいことも悪いことも,多くの付せんが貼られたのだ。
 
付せんの内容をいちいち記すことはできないが,
一つ大きく感じたことは,皆が将来にそこはかとない不安を感じているということ。
右肩上がりの時代はとうに昔のこととなり,
バブルを知らないスタッフがほとんどだ。(信教出版にバブルはなかったが。)
わたしたちが作る教科書,学習書を使ってくれる子どもたちは,毎年2%ずつ減っていく。
幸運なことに今日の仕事がないわけではない。
それでも不透明な時代の中でその先を考えている,それはよいことだ。
まずは,問題を認識するからこそ,つぎが始まるのだから。
 
もう一つ感じたこと,
それはコミュニケーションの欠如からではないかという付せんが多いということ。
なんだかみんなが気を使いあって,もしくは面倒が嫌で,もう一歩を踏み出せずにいるという感じ。
基本,人と人は会って話をしなくてはいけないと思う。
仕事はさまざまな人といっしょに取り組んでいかなければならない。
気の合う人も,気の合わない人もいるだろう。機嫌のいい時も悪い時もある。
でも,一人ではない,これが会社にいるメリットであると思う。
ちゃんと取り組んでいれば,だれかが手を差し伸べてくれる。
すくなくとも,信教出版はそういう会社だ。(と思っている。)
 
短い時間ではあったが,有意義な時間であった。その後の祝賀会も大いに盛り上がった。
 
70歳まで働け! という時代がきそうである。
ならば,公私のバランスを取り,納得できる働き方をしていこう。
 
こうなったら100周年という声,(生きていたら呼んでね)と心の中で思った。


(19:36)

2019年02月14日

週末,毎年恒例の松任谷由実Surf & Snow in Naebaに出かけたときのこと。
会場のホテルで予想外の事態が生じた。
そんなこと知らなかったと言ってみたところで,どうしようもないとあきらめかけたが,
とにかくホテルに相談してみようと思い,絶対,無理と思いながら
フロントに立つ若い女性に声をかけた。

「無理だとは思うのですが,でもね…。」と話す私に対して,彼女はあくまでも穏やかに話を聞き,
「少々お待ちください。」と衝立の向こうに消えていった。
無理だよなあ,これじゃ私はクレイマーじゃないかと思いながらしばらく待っていると,
落ち着いた表情で戻ってきた彼女は,申し訳なさそうに
「お客様,ご不便をおかけして申し訳ございません。
今回はこのように対応させていただきたいと思いますがいかがでしょうか。」という。
なるほど,そういう手があったかと,目からうろこの提案だった。

その後,それを実行するために彼女は走り回ってくれて,わたしの要望は,100%叶えられたのだ。
もう,うれしくてうれしくてお礼の最後に「マスカレードホテルみたいですね。」というと,
彼女は,パッと顔を輝かせて「ありがとうございます。」と丁年にお辞儀をしてくれた。

すなおに,プロっていうのはすごいと思った。思いもかけない知恵をもっている。
さて,私は,どうだろう。
きのうも,本を作りたいというお客様が来てくださった。
私は,お話を伺い,それをきちんと理解し,納得していただける提案ができただろうか。
状況は,その都度違う。しっかり考え,もっとも喜んでいただける方法を探さなければならない。
教材だってそうだ。児童・生徒数の減少,夏休みの期間の変化,ICTへの対応,等々。
改訂期でなくとも状況は変化していく。やはり,しっかり考え,最適な対応を探さなければならない。
本を作るプロとして,教材を作るプロとして,仕事に慣れても考えることを省略してはいけない。
さすがだと思ってもらえる提案のできる集団でありたい。


「マスカレードホテル」は,今,上映中の映画の題名であり,舞台である。
東野圭吾の推理小説が原作だが,お客様の快適なホテルライフを第一に考え,
様々な無理難題に誠意をもって対応するホテルマンがすばらしかった。

ただ,様々なお客様とのエピソードに気を取られ,肝心の事件のことよりそれが心に残ってしまった。
…これは,どうなんだろう…。

(19:48)

2018年10月26日

信教出版のブログ「信教出版の編集日記」は,毎週更新ということでスタートした。
順番にブログ当番といった形で折々の内容を綴っていく。
制作中の学習教材・書籍について,季節の話題,自身の経験や考えていること等々。
内容の縛りがないのは,作り手である私たちのことを感じていただけたらという思いがあるからだ。
それぞれ,仕事の合間を縫って書き続けている。

そろそろブログ当番だと思うと,何を書こうかと考え始めるわけだが,
今回は,出張やら,自身の都合で大分ご無沙汰となってしまった。(申し訳ありません。)
当初は,都立美術館の「藤田嗣治展」に行ってきたことを書こうと思っていたのだが,
書けずにいる間に意識がどんどん変遷していき,
ここのところ改めて意識した「相乗効果」について書くことにした。

弊社の主な仕事は,学習教材,書籍類の企画・編集・発行である。
既存の出版物の改訂もあれば,すでに絶版になったもののリニューアルや
まったく新しい企画の検討など,時々の状況の中で仕事に取り組んでいる。
信教出版の編集スタッフは,現在6名であり,チームで仕事を推進という体制ではないが,
定期的に少人数の検討会を開いている。

それぞれが資料を持ち寄り,それについて短時間の検討会を行うのだが,
いろいろと思いついたことを口にしあっているうちに,
思わぬ方向に話が進んでいくことがある。そんなときはわくわくする!
それぞれの言葉が反応し合って,どんどん膨らんでいく気がして本当に楽しい。
そして,その結果として問題点が解消できたり,さらによいものになったり…。

近頃は,かつてに比べて人間関係が希薄になってきている感がある。
信教出版でも忙しい先生方や同僚になかなか相談ができず,ついつい自分で抱え込んでしまい,
その結果,行き詰って前に進めず,時間ばかりが過ぎてしまうこともあるように思う。
そんなときは,悔しいけれど自身の限界を自覚して,誰かに声を掛けることが肝要ではないか。
だれかの行き詰りに気づいたときは声を掛けることをためらわないこともまた然り。

パソコンが会社に入り込んできたころ,
マニュアルを読んでもいじってみてもなかなかうまくいかなかったことが,
同僚や知り合いのデザイナーに尋ねることで一挙に解決したことがよくあった。
そんなとき,長い時間,考え続けた自分に腹を立てたりしたけれど,
考え続けた自分ではなく,聞けなかった自分に腹を立てるべきだったと思う。

人には,年齢や性別,経験の違いなどからさまざまな考え方,感じ方があるのだと思うが,
その点で今の信教出版は小所帯ながらとてもバランスのよい状況にあると思う。
“三人寄れば文殊の知恵”というが,くしくも検討会もそれぞれ三人構成である。
検討会は今後も続く。自身でじっくり考えることももちろん大切なことであるが,
検討会を通して1+1+1以上の「相乗効果」を生み出していくつもりである。

(17:33)

2018年06月08日

近頃,AIと感情に関わる話をよく聞く。
様々なところでヒトの感情を理解するとか,はては空気を読むとか,
そんな研究に一生懸命な人たちがいるようだ。
ヒトの感情とか倫理観は様々で,誠に複雑なものだ。
一様にはかることなどできない。
(だから,教科書が使われるようになった今も「道徳」の教科化は,しっくりこない。)
ビックデータも言葉のとおり,データにすぎない。
少し前にマイクロソフトのAI「Tay」がヒトラーを賛美するなどして実験が中止されたという。
でも,AIと感情に関わる実験がやむ気配はない。
いったい何がしたいのだろうと思う。
AIが人の感情を解するようになったら,より便利な道具? になると思っているのだろうか。

こんな話を聞くと思いだすSF作品がいくつかある。
光瀬 龍原作,竹宮恵子の「アンドロメダ・ストーリーズ」もその一つ。
「すべての人間の理想郷建設」を科学者にプログラムされたマザーマシーンが
忠実にその使命を果たすことにより,全宇宙が破壊されていく,うんと簡単に言うとそんな話だ。
マザーマシーンは,理想郷を作るべく惑星を機械化し,人は安全で快適な仮想社会に暮らしている。
一つの惑星で使命を終えたマザーマシーンは,次の惑星にわたり,つぎつぎに理想郷を作ろうとする。
AIの恩恵を享受する惑星もあるが,戦う惑星も,支配を嫌い自爆する惑星もある。
そして,人が住む多くの惑星が消えていく。

AIの判断の危うさを人は以前から感じていたのではないだろうか。
だからそんな世界を危惧した作品が生まれたのだと思う。
人の感情が一様でないように,AIとだってすべてイコールになるなんてありえない。
傾向をつかむといっても,その傾向だってどうなのだか。
科学は,その結果が予想できない。
人に多くの恩恵をもたらすのか,大きな脅威となるのか。
AIが(ヒトのような)感情をもつことは,恩恵なのか,脅威なのか。

何度か引用した信教出版の理科担当の言葉がまた浮かんだ。
“科学は,生活を豊かにする手段に過ぎない”
AIの進化も手段の内であってほしい。

(12:07)