2018年06月08日

近頃,AIと感情に関わる話をよく聞く。
様々なところでヒトの感情を理解するとか,はては空気を読むとか,
そんな研究に一生懸命な人たちがいるようだ。
ヒトの感情とか倫理観は様々で,誠に複雑なものだ。
一様にはかることなどできない。
(だから,教科書が使われるようになった今も「道徳」の教科化は,しっくりこない。)
ビックデータも言葉のとおり,データにすぎない。
少し前にマイクロソフトのAI「Tay」がヒトラーを賛美するなどして実験が中止されたという。
でも,AIと感情に関わる実験がやむ気配はない。
いったい何がしたいのだろうと思う。
AIが人の感情を解するようになったら,より便利な道具? になると思っているのだろうか。

こんな話を聞くと思いだすSF作品がいくつかある。
光瀬 龍原作,竹宮恵子の「アンドロメダ・ストーリーズ」もその一つ。
「すべての人間の理想郷建設」を科学者にプログラムされたマザーマシーンが
忠実にその使命を果たすことにより,全宇宙が破壊されていく,うんと簡単に言うとそんな話だ。
マザーマシーンは,理想郷を作るべく惑星を機械化し,人は安全で快適な仮想社会に暮らしている。
一つの惑星で使命を終えたマザーマシーンは,次の惑星にわたり,つぎつぎに理想郷を作ろうとする。
AIの恩恵を享受する惑星もあるが,戦う惑星も,支配を嫌い自爆する惑星もある。
そして,人が住む多くの惑星が消えていく。

AIの判断の危うさを人は以前から感じていたのではないだろうか。
だからそんな世界を危惧した作品が生まれたのだと思う。
人の感情が一様でないように,AIとだってすべてイコールになるなんてありえない。
傾向をつかむといっても,その傾向だってどうなのだか。
科学は,その結果が予想できない。
人に多くの恩恵をもたらすのか,大きな脅威となるのか。
AIが(ヒトのような)感情をもつことは,恩恵なのか,脅威なのか。

何度か引用した信教出版の理科担当の言葉がまた浮かんだ。
“科学は,生活を豊かにする手段に過ぎない”
AIの進化も手段の内であってほしい。

(12:07)