2014年12月22日

毎週,月曜日の信濃毎日新聞文化欄のコラム「知・究・学」に掲載されている,
信大繊維学部助教授の森山徹先生の「生き物たちの心のかたち」という文章を
楽しく読ませていただいている。

今まで,少し前に話題になったダイオウグソクムシとか,
聞いたことのないミナミコメツキガニ,おなじみのダンゴムシなど,
およそ意思の疎通を想像できないような生き物にも,
感情とか心といえるようなものがあるのではないかということを,
さまざまな実験をとおして示してくれた。
なんとなく,以前,担当していた生活科の中で時々であった,
子どもたちの「コイさんこんにちは」「チューリップさんがうれしそう」
という気持ちに通じるものがあるようで,わかるような気がするが,
(私は,こういった考え方が好きです。)
人によっては,何をばかなことを,と思う人もいるのだと思う。

今日の紙面では,心の有無を論じる相手が「石」になっていた。
石を割り出す熟練者が,「石を割った」というより,「石が割れてくれた」と思うことに注目して,
割り出す人と割れた石との間に
何らかのコミュニケーションのようなものが成立しているのではないかというのだ。

ここのところ,様々な災害があちこちで起こっている。
いつもと何かが違っているような気がする。
人は,自分こそが世界の中心だと思っているのかもしれないが,
森羅万象,あらゆるものに「心(意思)」があると謙虚に思った方がいいだろう。


信教出版は,平成27年度新学期を目指し,最後の追い込み中。
時たまの大雪は,「たまには早く帰りなよ。」という,
天のやさしい「心」のような気がする。

(18:38)