2013年03月12日

昨年暮れに発行したオンデマンド版『正受老人とその周辺』と同様,
ご要望が多く復活することになった『正受老人の詩と偈頌』のオンデマンド本ですが,
あと少しで発行のはこびとなりました。

ご存じのように正受老人は,江戸時代に禅の道を究められた偉いお坊さんです。
『正受老人の詩と偈頌』の「偈頌(げじゅ)」とは,仏教の教理を韻文の形で述べたもので,
禅宗では,悟りの境地などを表現する漢詩のことを表すそうです。

先の『正受老人とその周辺』で正受老人の生涯について著された中村博二先生は,
正受老人の詩と偈頌を通して,正受老人という人そのものを追究されていたようです。
まさに中村先生の研究の集大成ともいうべき作品だと思います。

中村先生の文章を引用しますと,
「禅は印度に起こり中国に入り日本に伝来したが,印度では名実共に消滅し,
 中国では遺跡だけがその後をとどめるにすぎないといわれる。
 その真髄を今日まで保持し得ているのは日本禅だけではないかとされている。
 日本禅とても鎖国時代に生きた正受老人が存在しなかったならば,
 その真髄は完全に消滅していたかも知れない。」
とありますように,
存在そのものが禅であることを志したといわれる正受老人がいなければ,
禅は,現在のような形では世界に広まっていなかったかもしれません。
まさに,世界の禅の原型が「正受禅」にあるといわれる所以だと思います。

正受老人は,松代で生まれ飯山で育ち,16歳の時に悟りを開かれたそうです。
こんな身近に禅の道を究められた偉人がいたことは驚くべきことです。
以前に,正受老人が半生を過ごされた飯山の正受庵を訪れたことがありますが,
とてもそのようなえらいお坊さんがいたところとは思えません。
正受老人の弟子の白隠が,その弟子の円慈に与えた詩の中で,
正受老人のことを次のように表現しています。(本文より引用)
「ぼろなべのように役に立たないおいぼれ親爺が
 わらじをはいて黄河のわたしをわたっていく」 と。

なお,正受老人の生い立ちや禅のことなどについては,
弊社発行の『正受老人を看よ』に易しく書かれています。
この本は,小さい判で薄く,一気に読めますので,
ぜひそちらもご覧いただければと思います。

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(15:22)