2010年08月09日

しばらく前に,日本にも「電子書籍」が上陸し,
出版業界の人間として,書籍のデジタル化に注目せざるを得なくなった。
子どもたちが使う教科書にも,すぐそこまでデジタル化の波が近づいている。

今年4月に,デジタル教科書を作成するための協議会が立ち上げられた。
ここでいうデジタル教科書とは,先生向けの指導用のものではなく,
子ども用のiPad版教科書のようなものをイメージすればいいのだろうか,
デジタル教科書の「機材」といっているが・・・。
その協議会の設立起案書のようなものを読んでみると,
作成しようとしているデジタル教科書の「機材」は,
軽くて持ち運びに便利で,操作が簡単で,動画や音楽を楽しむことができ,
インターネットにつながるのであらゆる情報がすぐに手に入り,
全ての教科の学習が,この「機材」一つでできるというものだそうである。
まさに夢のような「機材」である。

あまりに素晴らしすぎて,かえって不安に思うのは私だけだろうか。

要領の悪い私は,小学生のころ,漢字練習や計算練習を「人一倍」やったおかげで,
なんとか「人並み」に身についたように思う。
ほかの勉強についても同じで,私の中には,勉強に対して泥臭いイメージがある。
本当にこのようなもので力がつくのだろうかという気持ちが湧いてきてしまう。

我が国の教育の根本理念は,新しい学習指導要領のもとでも引き続き,
子どもたちの「生きる力」を育むことであると謳われている。
「生きる力」については,平成8年7月の中央教育審議会答申の中で,
「変化の激しい社会を担う子どもたちに必要な力は,
基礎・基本を確実に身に付け,いかに社会が変化しようと,
自ら課題を見つけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,
よりよく問題を解決する資質や能力,
自らを律しつつ,他人とともに協調し,他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性,
たくましく生きるための健康や体力などの『生きる力』である。」
と提言されている。
「生きる力」を育むことは容易なことではない。
一筋縄ではいかないことである。

私には,子どもたちが担う未来の社会がどのように変わるのかは,想像できない。
また,社会が変化したときに,子どもたちに必要な「生きる力」とは
どのような力なのかもわからない。
そのときに必要な教科書は,どのような形のものであるのか。
老婆心ながら,慎重に検討すべきであると思う。

(N)

(10:42)