2020年07月

2020年07月22日

 ある児童文学の賞で,審査員の方の一人が,「時代を超える作品を求めている」ということをおっしゃっていました。
 それはどんな作品だろう,と考えてみました。
 時代が変わっても,子どもたちの心を波立たせる作品――。
 子どものころに読んだ作品を思い返すと,楽しい話もありますが,国語の教科書で読んだ『スーホの白い馬』や,『ちいちゃんのかげおくり』,『ごんぎつね』など,悲しいお話が強く印象に残っています。
 『スーホの白い馬』では,少年スーホと強い絆で結ばれていた白い馬が,理不尽な出来事により命をうばわれます。
 『ちいちゃんのかげおくり』では,ちいちゃんが戦争によって命を落とします。
 『ごんぎつね』では,ごんが兵十への罪滅ぼしをしている途中で,また悪さをしにきたのだと思い込んだ兵十に鉄砲で撃たれて死んでしまいます。
 
 けれど,子どものころの自分には悲しいばかりだったこれらの物語は,最後には救いもえがかれているのです。

 死んだ白い馬の骨などから作られた馬頭琴の美しい音色は,聴く人々の心に安らぎをあたえます。
 ちいちゃんが一人でかげおくりをした場所は,やがて公園となり,子どもたちが笑って遊んでいます。
 兵十は最後に,ごんが罪滅ぼしをしていたことを悟るのです。

 これらのお話は,最近の教科書にも載っています。ひとつの考えですが,時代を超えて読み継がれる物語は,悲しみとともに,そのあとにやってくる小さな希望や救いが描かれている作品なのだと思いました。

 コロナ禍や災害など,私たちは日々,自分の意志ではどうにもならない事象にさいなまれて暮らしています。けれど,その先には少しの,もしかしたらたくさんの希望がある。そう信じて,日々の歩みを止めないでいきたいと思います。



(17:30)

2020年07月10日

信濃教育会編集,信州教育出版社発行の『理科の教室』が,まもなく発刊の運びとなります。本誌は,長野県の小学校で行われた理科に関する実践事例が紹介されている冊子で,毎年長野県内の小中学校にお送りしています。

今回の第96号は,先生方の理科に関する実践紹介に加え,弊社発行の理科教科書の監修を務めてくださっている,信州大学名誉教授 村松久和先生からも,原稿を寄せていただきました。「どのような理科教員を育てるか」と題して,信州大学教育学部での理科教員養成の取り組みについて紹介されており,卒業生には「理科の伝道師」になることを期待するとしています。


「理科の伝道師」というユニークなことばが印象に残ります。特に小学校段階の理科の学習を考えてみると,高度な専門的知識というよりは,むしろ理科の観察・実験の楽しさを伝え,子どもたちの理科への興味・関心を引き出して裾野を広げていく,ということが先生方に求められるのではないかと思います。

リチウムイオン電池に関する研究でノーベル賞を受賞した旭化成名誉フェローの吉野彰さんは,小学校4年生のときに読んだ本がきっかけで理科を好きになり,研究者となったことが話題となりました。そしてその本を薦めたのは,大学で化学を学んだ担任の先生だったそうです。

その先生はおそらく自分でも化学の実験の楽しさを身をもって体験しており,吉野さんの特性を見抜いてそれに合致する本を紹介したのだと思います。吉野さんはそれによって理科の楽しさに目覚めたわけですから,まさに吉野さんにとって,その先生は最初の「理科の伝道師」であったのだといえます。時に,一人の先生のことばが,児童・生徒の人生を変えるきっかけになることもあります。先生方の役割は,とても大きいのだな,と思いました。


その吉野さんが読んだ本として一躍有名となったのが,マイケル・ファラデーの『ロウソクの科学』です。私もせっかくなのでざっと読んでみましたが,その原著は150年以上前に出版された古典であるため,難解でとっつきにくい部分がそれなりにありました。正直なところ,「これを小学4年のときに読んでしまうあたり,やっぱりノーベル賞受賞者の頭の構造は違うな。」と思ったのが率直な感想ではあります。

それでも,1本のロウソクを題材にしながら,熱による状態変化や上昇気流,ロウソクの芯の毛細管現象や燃焼による化学反応などにつなげていき,私たちにも身近な存在であるロウソクが燃え続ける不思議を掘り下げていくという構成は,さすが古典的名著だなと思わせる内容でした。


理科では,「なぜ」「ふしぎ」という身近な疑問から学習がはじまります。自身の経験や足元の自然とのふれあいを入り口にして,その根底にある科学の本質へと考えを深めていく試みは,長野県の理科の先生方も,日々の授業の中で実践しておられることでしょう。

『理科の教室』は,そうした先生方の足元の実践が紹介されています。4年の「ものの温度と体積」,5年の「もののとけ方」のほか,新しい学習内容である3年の「音のせいしつ」や,6年のプログラミング学習の実践も紹介されています。こうした実践報告を通して,理科に興味をもってくれる長野県の子どもたちが一人でも増えることを願っています。

私たち出版社は,「理科の伝道師」となることはできません。しかし,先生方にお役立ていただける教材や書籍の発行を通して,微力ながらも1本のロウソクのように,長野県の子どもたちの心に「火を灯す」ためのお手伝いができればと思っています。


今年は『理科の教室』に加え,『ふるさとの大地増刊号』も合わせて各学校にお届けします。
お手元に届きましたら,手に取ってお読みください。



(10:59)