2021年07月19日

 2か月ほど前に,初めてのマイカーを購入しました。
 私はもともと運転が苦手で,仕事で必要なときくらいにしか運転はしていませんでした。しかし,仕事で運転しているうちにだんだん慣れてきたのと,さすがに自分の車が無いと不便だと感じるようになったことなどから,車を購入することにしました。
 車を購入しようと決めてからは,どんな車にするか,どんな色にするかなど考えるのが楽しく,注文してからは納車を今か今かと待ちわびていました。車をもつことを少しも考えていなかった昨年の自分と比べると,すごい変化です。
 そしてやっと納車された初めてのマイカーは,乗り心地もよく,とても便利です。電車通勤なので車に乗るのは休日だけですが,休日にはできるかぎり運転するようにしています。私が子どもの頃は,休日には祖母の運転する車で色々なところにつれていってもらいましたが,祖母が免許を返納してからは,一緒に出かけることは少なくなっていました。今では,祖母が買い物や行きたいところがあると言えば,私が運転して一緒に出かけるようになりました。これまでしてもらったことをやっと返すことができて,車を買ってよかったと感じています。(とは言っても,まだ電動自転車に乗って一人でどこにでも行けるくらい元気な祖母ですが……。)おかげで運転にもだいぶ慣れて,苦手意識はほとんどなくなりました。
 仕事で運転するのは,学校を訪問する場合が多いので,これまでは「学校を訪問する緊張」と「運転をする緊張」の両方があり,精神的な疲労が大きかったです。しかし,これからは「運転をする緊張」はかなり軽減されるので,仕事にもいい影響があるだろうと思います。とは言え,事故だけは起こさないように,これからもほどよい緊張感をもって運転しなければならないと思います。
 さて,長い梅雨が明け,本格的に夏がやってきました。毎日暑いですが,体調には気をつけて過ごしたいと思います。



(10:10)

2021年06月25日

 あるとき,新聞を見て気がつきました。
「三六災害は,今年で60年目なんだ……。」
 
 昭和36年梅雨前線豪雨。
 同年6月23日ごろから7月初頭にかけて伊那谷を襲った集中豪雨は,天竜川を氾濫させ,各所で堤防の決壊、土石流、がけ崩れを引き起こしました。県内の死者行方不明者は136名,浸水家屋1万8千戸以上、土砂崩れは約1万箇所にものぼりました。
 その未曽有の大災害・通称「三六(さぶろく)災害」から,今年で60年目です。
 
 私は伊那谷出身ですが,最近まで三六災害についてはほとんど関心をもっていませんでした。しかし,当時4歳で龍江地区に住んでいた父が,大水で溢れかえる天竜川を見た,と話してくれたことがきっかけで,三六災害についての本を読んだり,当時を知る人々の体験が語られる新聞記事を熟読するようになりました。
 母からは,三六災害のとき,家の西側にそびえている山が崩れた,と聞きました。しかも近所では崩れた土砂に巻き込まれた家もあったという……。そのとき転がってきた大岩も,いまだに近所に残っているというから驚きました。
 私は初めて,実家付近のハザードマップを見てみました。確認すると,家のあたりは土石流の警戒区域となっていました。今も昔も,条件がそろえば危険な場所であることに変わりはないのだ,と驚きました。

 60年前の『信濃子ども詩集』に,三六災害のことを書いた子がいたかもしれないと思い,災害が起こった昭和36年(1961年)の翌年に出た詩集を見てみました。
 そこには,大水が友達の家や田んぼを流してしまったこと,堤防に大きく波が押し寄せるのを見たこと,天竜川の濁流が悪魔のように襲いかかってきたこと——そんな光景と向き合った子どもたちの詩がありました。「三六災害」という言葉は出てこないけれど,きっとその未曽有の災害を経験した子どもたちだと思いました。

「天災は忘れたころにやってくる。」
 誰もが一度は聞いた言葉だと思います。
 前述した私の実家近くの山は,三六災害の直後は崩れた跡が残っていたそうです。今,その跡はまったく見えません。木々の深緑に爪痕が埋もれても,人々の記憶まで埋もれさせてはいけないのだと感じました。
 ——今年の夏,飯田に帰ったら,美術館で行われている三六災害の展示を見に行こう。
 私たちのような直接災害を知らない世代も,これを風化させず,自然をあなどらず,命を守っていかなくてはいけないのだと思います。



(17:25)

2021年06月04日

「本棚を見れば,その人がわかる」ということばがあります。どんな本を読んでいるのかを見ることで,その人の興味・関心や好み,どんなことを大切にしているのか,などを読み取ることができるというわけです。

しかし現代なら,スマホやタブレットのデータを見ることで,本棚を見るよりも何倍も詳しく,その人のことがわかってしまいます。例えば,インターネットの閲覧履歴を見れば,その人がいつどこで何をして,何を買ったか,どんなことに悩んでいるか,どんな趣味があるのか,何を知りたいのか……ということが,かなりの精度でわかります。

今や,日々いろいろなところで私たちのデータが蓄積されています。こうしたデータは,ネット広告や,ショッピングサイトのおすすめ商品の提示といった仕組みなどに活用されています。例えば,「この人は高級化粧品に興味がありそうだな」と判断されれば,いろいろなところで高級化粧品がおすすめされるようになる,というわけです。

デジタル社会の昨今では,データは新しい天然資源なのだ,と言われることもあります。
そのくらい,私たちのデータというのは,多くの可能性を秘めている貴重な存在なのです。

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教育の世界でも,ICT機器が積極的に導入され,先生はもちろん,児童生徒にも一人一台のタブレットPCが導入されつつあります。それに伴い,教育現場でも様々なデータが蓄積されるようになっています。

そうなれば,当然そうしたデータを活用していこう,という動きが出てきます。

令和3年3月には,「教育データの利活用に関する有識者会議の論点整理(中間まとめ)」が出されました。そこには,児童生徒の学習面や生活・健康面のデータや,教師の指導・支援のデータを取ることで,児童生徒の状況の変化を捉えてつまずきを早期に発見する,授業改善や生活指導に役立てる,保護者への情報提供や学校経営の充実化を図る,などの活用例が示されています。

少し抽象的でわかりにくいですが,データというのは,教師が子どもを見るための新しい「目」になり得るものである,と私は捉えました。

先生方は,もちろん自分が担当する児童生徒のことをよく見ていらっしゃるでしょうし,それぞれの学習状況や特性なども把握されていると思います。
それに加えて,一人一台のタブレットと学習履歴などのデータがあれば,より多くのことがわかるようになります。紙のノートでは,先生がクラス全員のノートを同時に見ることはできませんが,タブレットであれば,全員のノートを同時に見ることはもちろん,ログを取ることで全員の思考のプロセスを追うこともできます。従来の授業ではなかなか見えなかった児童生徒の考えの変化や,学習のつまずきなどにも気づけるようになるかもしれません。

ある先生から,「いい教師は『目』が違う」と教えてもらったことがあります。

子どもが発言しているとき,あえて発言していない子どもにも目を向ける。目立つ子どもだけを見るのではなく,目立たない子どもにも目を向ける。普段の生活の中に見える,行動や表情,話すことばの変化に目を向ける。

こうした先生の「目」に加えて,データによる教師の第三の「目」が加わることで,より視野を広く,子どもをひとりひとりしっかり見ることができるようになります。データによって,さらに児童生徒に対して個別化された指導ができるようになれば,児童生徒にとっても,学校現場にとっても,夢がある話ではないでしょうか。


こうしたデータの利活用は,よい面もある一方で,プライバシー侵害や,本人が望まない形でのデータ利用が問題になることがあります。

例えば,大手就活サイト「リクナビ」の事例があります。就活学生のネット閲覧履歴などをもとに,応募学生が内定を辞退する可能性を予測し,そのデータを採用側の企業に販売していたという問題です。

選考を受ける本人からすれば,自分の知らない間に恐ろしいデータが提供されていたことになります。もし,採用担当者が,目の前の学生に対して,「この人は,内定を辞退するかもしれない」とデータで示されたら,どうなるでしょう。合否に影響した例はなかったという調査結果が出ていますが,採用担当者の心情に本当に影響がなかったのかどうか,それを証明することはできません。

結局このサービスは,個人情報保護委員会と厚生労働省から行政指導を受けるなど大きな批判を受け,サービスの停止に追い込まれました。

こうしたことが,教育界に起きないようにしなければなりません。

先に述べたように,これから積極的に蓄積されていくであろう教育にまつわるデータは,先生方の第三の「目」となり得ます。確かにそこには,大きな可能性があります。

しかし,やはり最後は,先生自身の「目」が優先されるべきだと思うのです。データによって,その目に色眼鏡をかけられるようなことは,あってはなりません。


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さて,弊社も一人一台のタブレットで使える,学習者用デジタル教科書を発行しています。

教育データの利活用という取り組みにも,いずれは目を向けていくことになるのかもしれませんが,そうした先進的な動向だけにとらわれず,長い目で本質を見極めていきたいと思います。地域に根差した出版社として,まずは先生方の足元の現場の実践をもとに,より使いやすいデジタル教科書を令和6年度に発行できるよう,制作を進めてまいります。

とはいえ,日進月歩のデジタル社会を相手に,悠長なことは言っていられません。GIGAスクール構想や学習者用デジタル教科書実証事業などによる学校現場の変革によって,教育のICT化の取り組みが大きく注目されるようになっています。

「人目を奪う」変革期。私たちにとって,「目が離せない」状況が続きそうです。



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