2020年03月27日

 世界各地で猛威を振るっている新型肺炎コロナウイルス。
 先月から驚異的なスピードで蔓延し,長野県内では陽性と判定された感染者が3月25日現在5人。年齢は幅広く,うち入院中が2名,退院者が3名とのこと。そして感染者5人のうち4人が私の地元松本市の保健所管内に住む人ということで,身近で感染者が発生したことに驚きを隠せません。

 今回の新型肺炎の広まりとともにこの時期はやり始めて,多くのアレルギー持ちの方が予防に努めなければならないのが花粉症です。来月の下旬にかけて飛散するスギやヒノキ花粉。私自身,目の痒みの影響はあまりないのですが,くしゃみがとまらなくなるためマスクは必須となります。しかし,前述のように新型肺炎の広まりによってマスクの品薄状態が日本各地で起こっており,ドラッグストアやスーパーマーケット,コンビニエンスストアや100円ショップでも入荷の予定がたたない状況が続いています。

 そんな中で花粉症によるくしゃみが,新型肺炎によるものと誤解されないようにする「花粉症バッジ」が飛ぶように売れているというニュースを目にしました。妊婦さんが電車内で優先席に座りたい気持ちを表すマタニティマークになぞらえて開発されたものなのではないかと思います。
 私は電車通勤なので,車内で咳をした際に周囲から煙たがられるのを防ぐために購入し,身に付けた方が肩身の狭い思いをせずに済むのではないかと思いましたが,マスクを装着していたら大抵は嫌な顔をされずにすみますし,自分の体調管理も公共の場所において他人に移さないようにする事もできます。また,マスク不足に対応するためにキッチンペーパーや輪ゴムを使って作る簡易マスクも話題になっており,感染防止になります。
 今のご時世,少々過敏になりつつあるのは致し方ないのかもしれませんが,花粉症対策のための鼻炎に効く薬の服用や外出時にマスクの着用を徹底すること,手洗いや衣服に付着した花粉を取り払うなど基本的なことを日々欠かさず行い,食事では栄養を摂取し免疫力を高めることで病原菌に打ち勝つことができるのではないかと考えます。そうすればバッジは必要ないと思いました。

 ウイルスは誰の目にも見えないものであるのが非常に厄介で,今回の新型肺炎は長期化することが否めないですが,この困難を乗り越えていきたいと思います。


(16:50)

2020年03月06日

 久しぶりの更新になってしまいました。
 今,世界では新型コロナウイルス感染症が拡大しており,日本国内の感染者は1000人を超えたとのことです。
 大勢の人が集まるイベントが中止や延期になったり,スポーツの試合が無観客試合になったり,様々な施設が休業したりするなど,多大な影響が出ています。今回の新型コロナウイルス感染症の拡大にともなって,ほとんどの人が何らかの影響を受けているのではないでしょうか。
 中国で流行し始めたころには,こんなに身近な問題になるとは想像もしていませんでした。私自身も,楽しみにしていた予定が中止になり,残念な気持ちを味わいました。しかし,こればかりは仕方がないと割り切るしかありません。

 そして今週からは,全国の小中学校,高校で臨時休校が始まりました。突然の決定に,学校でも家庭でも混乱が生じたことと思います。
 学校が休校になり,子どもが家にいる時間が長くなります。その状況に対応するため,複数の企業がインターネット上で様々なサービスを開始しているそうです。例えば,子ども向けの電子書籍や雑誌を無料で配信している企業や,オンラインの学習教材を無料で利用できるようにしている企業などがあります。こういうとき,インターネットの便利さを改めて感じます。
 その一方で,インターネットでは,トイレットペーパーやティッシュペーパーが品薄になるというデマが瞬く間に拡散されました。各地で買い占めが起こり,デマだということが報道されても,品薄な状態が続いています。生活必需品のため,なくなったら不安だから買っておきたいという気持ちもわかります。しかし,本当に必要な人が買えないという状況が起こらないように,家に予備がある場合は買うのを控えるなど,冷静な判断をしなければと思います。

 いつまで新型コロナウイルス感染症の影響が続くかわからない状況ですが,少しでも早く終息することを願うとともに,自分自身も予防に努めたいと思います。


(16:28)

2020年01月24日

 甲斐の虎・武田信玄の五男,仁科盛信をご存じでしょうか。
 
 天正10年。織田信長による武田討滅戦は大詰めを迎えていました。
 武田は重臣たちが次々に織田方へ寝返り,諸城も降伏。当主・武田勝頼の弟である盛信が守る高遠城も,敵軍の大将・織田信忠から降伏を呼びかけられます。しかし,盛信は徹底抗戦を貫きました。押し寄せる数万の織田軍を相手に,三千の城兵を率いて戦い,武田氏最後の武将として二十六歳の生涯を終えます。
 
 盛信は,長野県歌『信濃の国』の5番にも,「仁科の五郎信盛も」と歌われて登場します。(「盛信」か「信盛」かは史料によって異同があり,本書でも触れています。)
 彼は一体,どんな武将だったのでしょう。兄の武田勝頼は,最初は諏訪氏を継ぎ,盛信は仁科氏を継ぎました。それぞれが,信玄に滅ぼされた名家を継いでいたのです。しかし,最終的には勝頼が武田家当主となり,盛信は仁科を名乗りながらも,高遠城で武田の最後を象徴する激戦を繰り広げ、武田武士の武勇を見せつけて散っていきます。二人のたどった運命とはどんなものだったのでしょう。そして盛信が継いだ仁科の家とは。武田と織田・徳川が繰り広げた高天神城の攻防とは。滅亡直前に韮崎に新府城を築いた勝頼の思惑とは。高遠城の戦いの様相とは―。
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